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その昔、房総半島は安房、上総、下総の三国に分かれていました。市原市には古くから上総国の「国府」が置かれ、治安維持のために選ばれた重要な役割を果たしていた都でした。現在も国の指定史跡として「国分尼寺跡」や「戸隠神社」などがあり、上総国の国府として歴史の片鱗を今に伝えています。
「あづま路の道のはてよりも、なほ奥つかたに生ひ出たる人・・・」これは菅原孝標の娘が著わした「更級日記」の冒頭文です。上総介であった著者の父が、その任期を終え、京へ戻るときの旅のつれづれを綴ったものです。それから千幾年。上総・市原の地に新しい温泉が誕生しました。地下1600mから湧き出した源泉を、いにしえの上総国の要であった由緒正しい華麗な歴史にあやかり、源泉名を「上総の華」と命名いたしました。 |
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